<連載コラム第5回>


(15)三原市長谷町長谷  午後3時50分着 午後4時20分発

フラフラ歩いている。
かなり疲れているようだ。さっきからずっと単調な土手道を歩いて来たせいだろう。
それと一人になって、なんだか力が抜けた。
そういえば「米」を食ってないな。
「立ち食いうどん」は食べたが「米」はまだだった。力が出ないはずだ。
この辺に食堂はないのだろうか?
探しながら何を食うかをもう考え始めている。
こうなると駄目だ。
頭の中には自分が食べている姿が浮かんでいる。
顔がニッタ〜としてきた。ハタからみれば不気味に違いない。

あったあった!えーと、ああ「食堂は2階へ」か・・・。
ウ〜ン、でもこんな格好で入っていっていいのだろうか?
まあ誰だか解るはずもないし。入ろっと!
しかしさすがに店の中に下駄で入っていくと、周りが白い目で見ている・・気がする。
それでも知らんぷりして椅子に座った。
すかさずメニューを手にとり、米・米・米。
コレコレ、コレだ。
で、「カツ丼」を注文。
待っている間。沈黙の時間。水を飲んで待つ。
来た来た、いや幸せ!
体の節々の痛さも忘れ、ただただ飯を喰らう。まさに、爆食。
数分でカタは付いた。
人間、腹がいっぱいになるととても幸せになれることを知った。
この間全くの無言。
ただただ黙して食べ、黙して出て行った。
この頃はまだ余裕があった。この後、どん底がくる。


(16)三原市学園町  午後5時12分着 午後5時20分発

さっきから2km程度しか歩いてないようだ。
本当に疲れてきた。体全体が重い、だるい。
下駄のあたる足の裏に、自分の体とは別のものがあるように感じだした。
そこが痛い。裸足でアスファルトの上を歩いているようだ。
休まずにはいられない。腰を降ろして座りこむ。

「米」を食って力がでたはずなのだが、体の痛みはどうやら別口らしい。
手で足の裏をこするが、余計に痛い。指で押してみると少しだけ感覚があり、熱い部分に氷を落とした感じでスッとする。
もし靴を履いていれば足の裏と靴がぴったりとくっいて擦るところはないが、下駄は後ろ足を前に出す時に隙間ができ、着地する時に下駄で足の裏を叩く感じになるのだ。
対策を考えないと、このままでは足の裏から血が噴出すのではないだろうか?

あまり休憩をとると歩きだせなくなりそうで、短い時間で重い腰をあげた。
これから先、登りがないのがせめてもの救いである。


(17)三原市市内  午後6時20分着 午後6時40分発

この1時間で3km弱。
足の痛さがピーク。これはただことではない。自転車で走る痛さとはまったく違う。
足の裏の1センチ部分に自分の体とは違う壁があるようで、足の底の皮を剥いでいるようでもあり、歩くたびに頭の天辺に激痛が走る。
ソロソロと歩くが同じこと。ガードレールに手をついて体を支えながら歩いてみるが、これも駄目。
あ〜困った。ここは人通りも多く、むやみに座り込むわけにはいくまい。

三原の駅前通りを過ぎ、少し人通りが少なくなった辺りで休む。
もう完全に足の裏をかばいだし、足全体が棒のようになり始めた。
膝の間接がないように感じる。一本の棒になってしまたみたいで、曲げることもできない。
最悪!
 
この段階で「あきらめ」の弱い心がもたげて来た。
「しんどい」と感じると、自分の力の限界が見えてくる。
でもここまでは今までに経験していて、克服はしてきている。
「一人旅」をしているとこういうことはいつも「つきもの」で誰もが経験するものと思う。
絶望感や不安感が増すと、それが「心の寂しさ」へと変化していく。その気持ちの動きを感じる。
人が恋しくて寂しいのではなく、自分の心の中が泣けてくるような気持ちだ。
痛さで泣くのではない。「クッソー、ここで終わりか?」と泣く。
心が負けるのだろう。
そうなると「頑張らねば」と思う気持ちが薄れていく。

今回の旅は「ただ歩く」という単純な目的で始めた。
しかしこれまで味わったことのない堪えがたい痛みがその旅を中途で終わらせようとしている。
これは「寂しさ」以外の何者でもない。

どん底を味わっている。
一気に襲ってきた痛み。歩くための不可欠の道具である足が奪われようとしている。


(18)三原市糸崎駅  午後7時16分着 午後7時40分発

痛さがピークに達して、しかしそれでも何と40分近く歩いた。
けれど頭の中は、違った。

「なんのために歩くんだ?」
「どこまで歩こう」
「いつやめよう」
「どういう理由でやめる事にしようか?」

もうマイナス方向の考えしか思いつかない。
それでもまだ痛い足をどうすれば楽になるかとも考えながら、歩いている。
「米」を食った辺りから極端に痛くなり始めたから、もう3時間痛みと闘い続けていることになる。

その時突然、「ここから電車に乗って帰ろう」と思った。
その瞬間に体が開放された気分になってしまった。
ちょうど、糸崎駅が目の前にあり、緊張の糸がプッツンと切れた。
あきらめたらどうなるなんて気持ちはスッ飛んでしまった。

しかし何を思ったか、その次にとった行動は、電話ボックスに入り家に電話をしたことである。
電話に出たのは母親だった。

「もう、駄目じゃ。足が動かん。電車で帰るわ」

しかし、期待した通りの返事が返ってこない。
「そりぁ〜困ったね。気を付けて帰り〜」と言ってくれたらいいのにと甘えの言葉を待っていたのに。

電話はいつの間にか兄に変わっていた。

「何を言うなら〜、男がいっぺん決めた事は最後までやれ」
「歩いて帰って来い」
「甘えるな」

連発である。
母も、そう言いたかったのだろう。
そこで電話はプツリと切れた。

エッ、何が起きたのじゃ。
ワシの気持ちは?この痛みは? 相談をする時間もなかった。

しかし兄の言葉は正解であった。もう一度、自分が何をしようとしたのか思い直す時間を与えてくれたのだ。
あきらめるのは簡単。続ける難しさ、続ける意味の価値観。
あきらめ感を吹っ切るための言葉として「根性あるのみ」と答が出たのである。
いままでの旅で「根性」と思ったことはない。そこまできつい経験はなかったのだ。
よし、もう一度踏ん張ろう。
「根性」で歩こう。


(次号に続く)


岡村 博文
E-mail: okamura@fuchu.or.jp
Website: http://www.fuchu.or.jp/~okamura/

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