秋の足音が近づいている。

ワルシャワの秋と聞くと、ヨーロッパの古都のゴシックな雰囲気をまず誰しもが想像するだろう。

しかし、実際のワルシャワの『風景』には現代の都市に共通の様相が見られるようだ。

それは変化と期待と幻滅のない交ぜになった人々の表情でもある。

それでも季節は移ろい、時は過ぎる。

揺るぎなくかつ伸びやかなペンのスケッチが、変わりゆく都市の一日を切り取った9月号。

第四回:「ワルシャワの風景」


ワルシャワは、ポーランドではダントツの大都市である。おそらく、東ヨーロッパの中でもこれほど大規模な都市は、モスクワを除けばほかにないのではないか。調べたわけではないけれど。
 ところが日本人の目には、ワルシャワはそれほど大きくは映らない。実際、日本の地方都市のほうがよっぽどにぎやかで、エネルギッシュで、雑然としている。
 ワルシャワを訪れたことのある方はお分かりだと思うが、ワルシャワは結構、こぢんまりとしているのである。別の言い方をすれば、落ち着いている。

 ところで、かつてポーランドの首都は、南部の古都クラクフであった。この文化と伝統の町は、幸運にも両大戦の戦火を免れた。だからクラクフでは、築百年以上という重厚な建物群が今も現役である。
 それに比べると、第二次大戦中に完膚なきまでに破壊されたワルシャワの街並は、ずっと新しい。中心部にある石畳の旧市街でさえ、戦後復元されたものだ。これについては、シリーズの第一回でも触れた。
 だが今、そのワルシャワの街は、自由化の波に洗われて変貌を遂げつつある。

 大きな街がそうであるように、ワルシャワもいくつもの顔を持っている。
 たとえばそのひとつが、戦前の古い街並だ。旧市街や、もともと貴族の屋敷の多かったワルシャワ大学周辺などがこれにあたる。もちろん、そのほとんどは戦後復元されたものだ。高い建物はなく、洒落た出窓が情緒ある雰囲気を漂わせている。
 そしてダウンタウンを離れると、灰色の団地群が目に付く。戦後の共産政権時代に作られたものだ。これなども、ワルシャワのひとつの顔といえる。
 また、中央駅周辺は近代都市としての表情を持つ。89年の改革以降、急に高層ビルが増えた。ガラス張りで、スマートなオフィスビルである。
 古さと新しさ、停滞と流動、伝統と未知、ポーランド色と非ポーランド色。そんなものをごちゃごちゃと抱えて、ワルシャワは一人でどんどん先に行く。この街の中で暮らす人々を置いて。

 では、路上を行く人々の視点からは、何が見えるだろうか。これが、日本でもおなじみのものばかりなのである。
 マクドナルド、ケンタッキーなどのファーストフード。ゲームセンター、ディスコ、映画館などのプレイスポット。カルフールのような郊外型巨大スーパー。リーバイスやナイキなどのテナントの詰まったショッピングモール。
 そして、車。道にも、そうでないところにも、とにかく車。ワルシャワでも、とうとう朝夕渋滞が起こるようになった。
 結構、高級車も多い。まだごく若い人が、BMWのハンドルを握りながら携帯電話でしゃべっているのを目にすることも良くある。
 そしてそんな車の横では、黄色い路線バスが、がたがたと激しく揺れている。満員バスの乗客たちは、自分のすぐ目の下をすいすいと追い抜いていく高級車を見下ろしながら、一体何を思うのか。


 ワルシャワの街は、がらりと変わった。そしてその変化は、実にあっという間であった。これが、この街で暮らす人々の生き様に影響を与えないわけはなかった。しかし、街の変化と人々の変化は、決して同じ曲線を描かない。
 ワルシャワの街は派手になった。でもこれは、そこに暮らす全ての人たちの生活が派手になったことを意味するわけではない。

 ワルシャワのにぎやかなネオンは、確かに、ポーランドの部分的な豊かさを照らし出してはいる。けれど同時に、ネオンが明るければ明るいほど、その点滅は深い闇をも生み出すのである。
 真面目に働いているのに、生活は苦しくなるばかりの人。年金ではとても生活できないとこぼしながらも、会うたびに精一杯もてなしてくれる人。街の至るところには、物乞いたちの姿。
 頭をそって、傍若無人に振舞うことで心の穴を埋めようとする若い男。派手な化粧と刺激的な格好で異性の目を引くことに自分の存在価値を求めようとする若い女。これだって、ワルシャワの風景には違いないのである。

 ネオンの影にも、雑多な人生が転がっている。そして、そんな人生を知ってか知らずか、今日もワルシャワの秋は深まっていく・・・。


勝 瞬ノ介
E-mail: gustav3@excite.co.jp
Website「ワルシャワの風」: http://www.geocities.co.jp/WallStreet/5223/
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