底無しとも思えるほどの大不況の只中にある日本だが、一方で感じるのは富める者と貧しき者の差が徐々にしかし確実に開いていっているということだ。
40代の働き盛りのリストラで再就職も望めず突如明日をも知れぬ身となったという話は枚挙にいとまがない一方、都心の高級分譲マンションは高い方から先に売れていくとも聞く。
かつて国民の90%が中流意識を謳歌しているいう異常ともいえる時代を過ごしたことのあるこの国に、再び戦前のような経済的階級差別が生まれつつあるのかもしれない。

一方、東欧と聞くと、やはりそこには西欧と比較しての、そしてかつての社会・共産主義圏の後遺としての全体的な「貧しさ」の印象はいまだに強い。しかしそこにも貧富の差が見え隠れしつつあるようだ。今回の勝さんのレポートは、今この日本が再び経験し始めていることの縮図を、東欧のストリートからの眺めとして伝えていて、心に訴える。


第九回:路上の風景


ワルシャワのど真ん中に、中央デパートがある。横にずずっと長い、平べったいデパートだ。
このデパートの前を歩くと、ニコニコと愛想笑いを浮かべながら道行く人たちに声を掛けまくる若者が非常に多いことに気付く。これ、いわゆるキャッチセールスである。彼らは大抵、アンケート用のボードとか、何かの商品見本などを手にしている。
(この手の人たちは日本でも多い。実に鬱陶しい。中には、あなたの幸せを祈らせてくださーい、などと血迷ったことを言ってくるやつもいる。人の幸せより、自分の幸せを考えろよ、といいたくなる。)

まあ、それはさておき、ワルシャワではこういう人たち以外にも、路上で生活の糧を得る人が大変多い。最も多いのは、物を販売している人だ。中心部に限らず、いたるところでその姿を見かける。
折りたたみのテーブルに、物を並べて売っている人、路上に直接シートを敷いて、その上に商品を並べて売っている人。彼らが売っているのは、衣類だとか、本だとか、下着だとか、靴紐だとか、灰皿だとか、鍋だとか、まあ、様々である。

次に多いのは、これと似ているが、ライトバンのような車に野菜やらパンやらを積み上げて売っている人だ。これは、季節を如実に反映するもので、それぞれの季節の旬のものを扱っている(もちろんパンは別ですよ、パンに季節はないですから)。
野菜もフルーツもパンも、店で買うより、ちと安い。農家が朝とったものを直接売りに来ている場合もあるので、人によってはなかなか新鮮な物を売ってくれる。

中央デパート周辺から旧市街に目を移そう。ここには、ギターやアコーディオンやヴァイオリンなどを弾く人が多い。実は、物乞いも多い。
アコーディオンと言えば、トラム(路面電車)に乗っていると、よくルーマニア人などが二人組みで乗り込んでくる。一人が頼んでもいないのにアコーディオンを弾き、もう一人が乗客たちに手を出して回るのである。演奏するのは大抵男性で、金を乞って回るのは、大抵子供か、赤ん坊を抱いた女性である。

彼ら、どの程度儲かるのだろうか。内情を暴露した記事が手元にある。
冒頭のキャッチセールスの場合、例えばハミガキコを売るある男性は、道行く人にこう声をかける。
「本当は1本42ズロッチ(約1200円)なんですが、特別プロモーションで20zlでお売りしてます。しかも今ならなんと、もう一本同じハミガキコをお付けします」
 どこかで聞いた様な台詞だな……。彼らは1本売るごとに、2.5zlを手に入れる。たくさん売ればそれが3zlになる。大体朝の9時から夜の6時まで声をかけ続けて、約100zl(3000円)の収入になるらしい。へえ、結構売れるんだな。

一方、物を並べて売る人たちは、薄利多売が原則だそうだ。彼らは、安い品だと一つに付き3zl、高いものだと5zlの利があると言う。スリッパなどは一日に30〜40足売れると言うから、これはかなり実入りがいい。しかも売っているのはそれだけではない。ちなみに彼らのほとんどは、許可なし営業である。

駐車してある車のワイパーに、小さいチラシを挟んで歩く仕事もある。想像つくと思うが、そのほとんどはエスコートサービス、いわゆる売春の広告である。もちろんバックにはそれなりの組織がついている。
ある男は、朝の10時から午後3時までに4000枚のチラシを挟むと言う。ギャラは1枚に付き2グロッシェ(0.02zl)、つまり5時間で、80zl(約2400円)也である。この業界、さすがに掟が厳しいらしく、すでに挟まっているチラシを捨てたり、他の組織と二股かけたりしたのがばれたら、二度とお天道様が拝めなくなるそうだ。

さて、こういう光景の中に、厳しい現実が垣間見えることがある。例えば、人通りの多いところでは、テーブルさえも持たない老婦人たちが手に数着のブラウスを持ったり、ニンニクをぶら下げて、寒い中じっと立ち続けている。きっと、年金生活者が年金だけでは生活できずに朝から晩まで立っているのだろうと想像する。
彼女たちはああして立ち続けて一体いくらの金を手に入れるのだろうと思うと、ちょっと気の毒になってしまう。富める者は富み、そうでないものはどんどん痩せていく。

(参考資料:「ポリティカ」)

勝 瞬ノ介
E-mail: gustav3@excite.co.jp
Website「ワルシャワの風」: http://www.geocities.co.jp/WallStreet/5223/
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